2010年02月08日

2010年度 ガンバ大阪 選手・スタッフ一覧

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スタッフ
監督/西野 朗
コーチ/實好 礼忠
コーチ/松波 正信
GKコーチ/ジェルソン
フィジカルコーチ/ルイス・カルロス・ブローロ
フィジカルトレーナー/吉道 公一朗




選手
【GK】
1 藤ヶ谷 陽介
 プロフ/1981/2/13生 185cm78kg O型
 経歴/磐田東高校→コンサドーレ札幌(1999)→ガンバ大阪(2004)
 代表歴/2000アジアユース、2001ワールドユース
 学生成績/なし
 年俸/3,000万円

19 河田晃平
 プロフ/1987/10/13生 183cm70kg ?型
 経歴/福岡大学→ガンバ大阪(2010)
 代表歴/?
 年俸/?

26 太 洋一
 プロフ/1982/8/3生 186cm75kg AB型
 経歴/ジェフ市原ジュニアユース→ジェフ市原ユース→駒澤大学→ロアッソ熊本(2005)→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/なし
 学生成績/1998日本クラブユース優勝、1998全日本ユース4強、1998Jユース杯準優勝、1999Jユース杯8強、2002総理大臣杯優勝、2003総理大臣杯優勝、2003全日本選手権準優勝、2004総理大臣杯優勝
 年俸/1,000万円

29 木村 敦志
 プロフ/1984/5/1生 184cm78kg B型
 経歴/ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2003)
 代表歴/2001ワールドジュニアユース
 学生成績/2002Jユース杯優勝、2002国体
 年俸/1,000万円





【DF】
2 中沢 聡太
 プロフ/1982/10/26生 188cm79kg AB型
 経歴/浦和レッズジュニアユース→市船橋高校→柏レイソル(2001)→FC東京(2006)→ガンバ大阪(2007)
 代表歴/1999高校選手権優勝、1999総体4強、2000高校選手権、2000高校総体8強
 学生成績/2000アジアユース、2001ワールドユース
 年俸/1,800万円

4 高木 和道
 プロフ/1980/11/21生 188cm75kg O型
 経歴/草津東→京産大(中退)→清水(2000)→神戸(2004・レンタル)→清水(2005)→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/A代表
 学生成績/1997高校選手権、1998高校選手権
 年俸/5,000万円

5 山口 智
 プロフ/1978/4/17生 178cm74kg A型
 経歴/ジェフ市原ユース→ジェフ市原→ガンバ大阪
 代表歴/1996アジアユース、1997ワールドユース、2000シドニー五輪予備
 学生成績/1994Jユース杯4強、1995Jユース杯8強
 年俸/5,600万円

6 下平 匠
 プロフ/1988/10/6生 176cm68kg B型
 経歴/ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2007)
 代表歴/なし
 学生成績/2006日本クラブユース選手権優勝
 年俸/1,000万円

13 安田 理大
 プロフ/1987/12/20生 173cm65kg O型
 経歴/ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2006)
 代表歴/A代表、2007ワールドユース、2008北京五輪
 学生成績/2004全日本ユース8強、2005日本クラブユース、2005Jユース杯4強
 年俸/1,800万円

21 加地 亮
 プロフ/1980/1/13生 177cm73kg AB型
 経歴/滝川第二高→セレッソ大阪(1998)→大分トリニータ(2000)→FC東京(2002)→ガンバ大阪(2006)
 代表歴/A代表、1998アジアユース、1999ワールドユース、2004アジア杯、2007アジア杯、2006W杯ドイツ大会
 学生成績/1997国体、1997高校選手権、1997全日本ユース
 年俸/7,000万円

28 菅沼 駿哉
 プロフ/1990/5/17生 182cm89kg AB型
 経歴/野畑FC→ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/なし
 学生成績/2006日本クラブユース優勝、2006全日本ユース4強、2007日本クラブユース優勝、2007全日本ユース8強、2007Jユース杯4強、2008日本クラブユース4強、2008Jユース杯優勝
 年俸/400万円

30 内田 達也
 プロフ/1992/2/8 177cm70kg ?型
 経歴/ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2010)
 代表歴/?
 年俸/?





【MF】
7 遠藤 保仁
 1980/1/28生 178cm75kg
 鹿児島実業高→横浜フリューゲルス→京都サンガ→ガンバ大阪

8 佐々木勇人
 1982/11/29生 167cm58kg
 塩釜FC→大阪学院大→モンテディオ山形→ガンバ大阪(2008)

10 二川 孝広
 1980/6/27生 168cm63kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

17 明神 智和
 1978/1/24生 173cm70kg
 柏レイソルユース→柏レイソル→ガンバ大阪(2006)

23 武井 択也
 1986/1/25生 179cm72kg
 国学院栃木高→流通経大→ガンバ大阪(2008)

25 横谷 繁
 プロフ/1987/5/3生 179cm70kg
 経歴/甲陵中学校→ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2006)→愛媛FC(2008)→ガンバ大阪(2010)
 代表歴/?
 年俸/?

27 橋本 英郎
 1979/5/21 173cm68kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(1998)

31 安田 晃大
 1989/8/8 165cm60kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2008)

33 宇佐美 貴史
 1992/5/6 178cm68kg
 長岡京サッカースポーツ少年団→ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2009)

格安航空券


【FW】
9 ルーカス
 1979/1/3 183cm75kg
 ボタフォゴ→Aパラナエンセ→レンヌ→クルゼイロ→コリンチャンス→レンヌ→FC東京(2004)→ガンバ大阪(2008)

11 ペドロ・ジュニオール
 プロフ/1987/1/29 182cm73kg
 経歴/ガンバ大阪(2009)
 代表歴/?
 年俸/?

14 平井 将生
 1987/12/4 179cm67kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

15 ゼ・カルロス
 プロフ/1983/4/24生 188cm85kg
 経歴/ボルトゲーザ→ガンバ大阪(2010)
 代表歴/?
 年俸/?

16 ドド
 プロフ/1990/1/28 178cm73kg
 経歴/愛媛FC→ガンバ大阪(2010)
 代表歴/?
 年俸/

18 チョ・ジェジン
 プロフ/1981/7/9生 185cm80kg A型
 経歴/水原三星(2000)→光州尚武(2002)→水原三星(2004)→清水(2004)→全北現代(2008)→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/2004アテネ五輪、2006W杯ドイツ大会
 年俸/1億円

24 星原 健太
 1988/5/1 173cm66kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

32 大塚 翔平
 1990/4/11 179cm69kg
 大阪東淀川FC→ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース(2009)

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【関連記事】
日刊スポーツ 2010.1.21『G大阪ペドロが播戸の闘魂背番「11」継承』



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2009年01月29日

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 2009年1月29日に、ガンバ大阪の新体制発表記者会見が行われました。「SHOBU〜そして、ワールドスタンダードへ〜」のスローガンのもと、2005年以来のJリーグ制覇、ACL連覇、天皇杯連覇がかかる2009年シーズンの陣容は、以下のメンバーとなりました。

スタッフ
監督/西野 朗
コーチ/實好 礼忠
コーチ/片野坂 知宏
GKコーチ/マルキーニョス
フィジカルコーチ/ブローロ
フィジカルトレーナー/吉道 公一朗
ドクター/柳田 博美
トレーナー/岩城 孝次
トレーナー/桝井 周
トレーナー/榛場 正太郎
通訳/大谷 博毅
通訳/渡部 省吾
通訳/高橋 建登
マネージャー/橋本 篤
マネージャー/山下 純司




ユース監督/島田 貴裕
ユースコーチ/松波 正信
GKコーチ(ユース・Jrユース兼任)/濱田 尭



Jrユース監督/鴨川 幸司
Jrユースコーチ/梅津 博徳
Jrユースコーチ/西村 崇
Jrユースコーチ/塩谷 良介
GKコーチ(ユース・Jrユース兼任)/辻 崇志



ジュニア監督/竹内 康治
ジュニアコーチ/足高 裕司
ジュニアコーチ/田上 裕祐
ジュニアコーチ/宇佐美 貴之
ジュニアコーチ/堀井 一
ジュニアコーチ/西野 将貴



選手
【GK】
1 松代 直樹
 プロフ/1974/4/9生 181cm73kg O型
 経歴/上牧高校→天理大→ガンバ大阪(1997)
 代表歴/なし
 学生成績/1994総理大臣杯、1996総理大臣杯、1996大学選手権
 年俸/2,500万円

22 藤ヶ谷陽介
 プロフ/1981/2/13生 185cm78kg O型
 経歴/磐田東高校→コンサドーレ札幌(1999)→ガンバ大阪(2004)
 代表歴/2000アジアユース、2001ワールドユース
 学生成績/なし
 年俸/3,000万円

26 太 洋一
 プロフ/1982/8/3生 186cm75kg AB型
 経歴/ジェフ市原ジュニアユース→ジェフ市原ユース→駒澤大学→ロアッソ熊本(2005)→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/なし
 学生成績/1998日本クラブユース優勝、1998全日本ユース4強、1998Jユース杯準優勝、1999Jユース杯8強、2002総理大臣杯優勝、2003総理大臣杯優勝、2003全日本選手権準優勝、2004総理大臣杯優勝
 年俸/1,000万円

29 木村 敦志
 プロフ/1984/5/1生 184cm78kg B型
 経歴/ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2003)
 代表歴/2001ワールドジュニアユース
 学生成績/2002Jユース杯優勝、2002国体
 年俸/1,000万円



【DF】
2 中沢 聡太
 プロフ/1982/10/26生 188cm79kg AB型
 経歴/浦和レッズジュニアユース→市船橋高校→柏レイソル(2001)→FC東京(2006)→ガンバ大阪(2007)
 代表歴/1999高校選手権優勝、1999総体4強、2000高校選手権、2000高校総体8強
 学生成績/2000アジアユース、2001ワールドユース
 年俸/1,800万円

4 高木 和道
 プロフ/1980/11/21生 188cm75kg O型
 経歴/草津東→京産大(中退)→清水(2000)→神戸(2004・レンタル)→清水(2005)→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/A代表
 学生成績/1997高校選手権、1998高校選手権
 年俸/5,000万円

5 山口 智
 プロフ/1978/4/17生 178cm74kg A型
 経歴/ジェフ市原ユース→ジェフ市原→ガンバ大阪
 代表歴/1996アジアユース、1997ワールドユース、2000シドニー五輪予備
 学生成績/1994Jユース杯4強、1995Jユース杯8強
 年俸/5,600万円

6 パク・ドンヒョク
 プロフ/1979/4/18生 187cm80kg B型
 経歴/全北現代→蔚山現代→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/1999ワールドユース、2000シドニー五輪
 年俸/8,000万円

13 安田 理大
 プロフ/1987/12/20生 173cm65kg O型
 経歴/ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2006)
 代表歴/A代表、2007ワールドユース、2008北京五輪
 学生成績/2004全日本ユース8強、2005日本クラブユース、2005Jユース杯4強
 年俸/1,800万円

19 下平 匠
 プロフ/1988/10/6生 176cm68kg B型
 経歴/ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2007)
 代表歴/なし
 学生成績/2006日本クラブユース選手権優勝
 年俸/1,000万円

21 加地 亮
 プロフ/1980/1/13生 177cm73kg AB型
 経歴/滝川第二高→セレッソ大阪(1998)→大分トリニータ(2000)→FC東京(2002)→ガンバ大阪(2006)
 代表歴/A代表、1998アジアユース、1999ワールドユース、2004アジア杯、2007アジア杯、2006W杯ドイツ大会
 学生成績/1997国体、1997高校選手権、1997全日本ユース
 年俸/7,000万円

28 菅沼 駿哉
 プロフ/1990/5/17生 182cm89kg AB型
 経歴/野畑FC→ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/なし
 学生成績/2006日本クラブユース優勝、2006全日本ユース4強、2007日本クラブユース優勝、2007全日本ユース8強、2007Jユース杯4強、2008日本クラブユース4強、2008Jユース杯優勝
 年俸/400万円



【MF】
7 遠藤 保仁
 1980/1/28生 178cm75kg
 鹿児島実業高→横浜フリューゲルス→京都サンガ→ガンバ大阪

8 寺田 紳一
 1985/6/10生 170cm65kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

10 二川 孝広
 1980/6/27生 168cm63kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

16 佐々木勇人
 1982/11/29生 167cm58kg
 塩釜FC→大阪学院大→モンテディオ山形→ガンバ大阪(2008)

17 明神 智和
 1978/1/24生 173cm70kg
 柏レイソルユース→柏レイソル→ガンバ大阪(2006)

20 倉田 秋
 1988/11/26生 172cm68kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

25 武井 択也
 1986/1/25生 179cm72kg
 国学院栃木高→流通経大→ガンバ大阪(2008)

27 橋本 英郎
 1979/5/21 173cm68kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(1998)

31 安田 晃大
 1989/8/8 165cm60kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2008)

33 宇佐美 貴史
 1992/5/6 178cm68kg
 長岡京サッカースポーツ少年団→ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2009)


日活Fantasista/ガンバ大阪DVD Jリーグ レジェンド・オブ・スターズ ガンバ大阪/DVD・CD・書籍

【FW】
9 ルーカス
 1979/1/3 183cm75kg
 ボタフォゴ→Aパラナエンセ→レンヌ→クルゼイロ→コリンチャンス→レンヌ→FC東京(2004)→ガンバ大阪(2008)

11 播戸 竜二
 1979/8/2 171cm65kg
 琴丘高→ガンバ大阪→コンサドーレ札幌→ヴィッセル神戸→ガンバ大阪(2006)

14 平井 将生
 1987/12/4 179cm67kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

15 三木 良太
 1985/4/12生 184cm73kg
 ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪(2004)→愛媛FC(2007、レンタル)→ガンバ大阪(2009)

18 チョ・ジェジン
 プロフ/1981/7/9生 185cm80kg A型
 経歴/水原三星(2000)→光州尚武(2002)→水原三星(2004)→清水(2004)→全北現代(2008)→ガンバ大阪(2009)
 代表歴/2004アテネ五輪、2006W杯ドイツ大会
 年俸/1億円

23 レアンドロ
 1985/2/12生 176cm68kg
 コリンチャンス→ナシオナル→サンパウロ→ナシオナル→大宮(2005、レンタル)→山形(2006、レンタル)→神戸(2007)→ガンバ大阪(2009)

24 星原 健太
 1988/5/1 173cm66kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪

30 山崎 雅人
 1981/12/4 174cm68kg
 久御山高→国士舘大→横浜Fマリノス(2004)→大分トリニータ(2005)→ガンバ大阪(2008)

32 大塚 翔平
 1990/4/11 179cm69kg
 大阪東淀川FC→ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース(2009)



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2009年01月18日

2008年度 ガンバ大阪 選手・スタッフ一覧

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 2008シーズンにおけるガンバ大阪の選手名鑑です。シーズン途中でのスタッフ、選手の入れ替わり等も反映しています。

プロバイダ 乗り換え


スタッフ
監督/西野 朗
コーチ/和田 治雄
コーチ/片野坂 知宏
GKコーチ/マルキーニョス
フィジカルコーチ/ブローロ

アンチエイジング


選手
【GK】
1 松代 直樹
 1974/4/9生 181cm73kg
 天理大→ガンバ大阪
22 藤ヶ谷陽介
 1981/2/13生 185cm78kg
 コンサドーレ札幌→ガンバ大阪
26 木下 正貴
 1989/6/22生 185cm80kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
29 木村 敦志
 1984/5/1生 184cm78kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪



【DF】
2 中沢 聡太
 1982/10/26生 188cm79kg
 市船橋高校→柏レイソル→FC東京→ガンバ大阪
3 ミネイロ
 1981/12/5生 184cm72kg
 インテルナシオナル→ガンバ大阪
4 水本 裕貴
 1985/9/12 183cm72kg
 三重高−04ジェフ市原(ジェフ千葉)→08ガンバ大阪
 ※シーズン途中で、京都サンガに移籍。
5 山口 智
 1978/4/17生 178cm74kg
 ジェフ市原ユース→ジェフ市原→ガンバ大阪
6 福元 洋平
 1987/4/12生 181cm68kg
 大分トリニータユース→大分トリニータ→ガンバ大阪
19 下平 匠
 1988/10/6生 176cm68kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
21 加地 亮
 1980/1/13生 177cm73kg
 滝川第二高→セレッソ大阪→大分トリニータ→FC東京→ガンバ大阪
28 植田龍仁朗
 1988/1/29生 185cm74kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪



【MF】
7 遠藤 保仁
 1980/1/28生 178cm75kg
 鹿児島実業高→横浜フルーゲルス→京都サンガ→ガンバ大阪
8 寺田 紳一
 1985/6/10生 170cm65kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
10 二川 孝広
 1980/6/27生 168cm63kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
13 安田 理大
 1987/12/20生 173cm65kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
16 佐々木勇人
 1982/11/29生 167cm58kg
 塩釜FC→大阪学院大→モンテディオ山形
17 明神 智和
 1978/1/24生 173cm70kg
 柏レイソルユース→柏レイソル→ガンバ大阪
20 倉田 秋
 1988/11/26生 172cm68kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
23 武井 択也
 1986/1/25生 179cm72kg
 国学院栃木高→流通経大→ガンバ大阪
27 橋本 英郎
 1979/5/21 173cm68kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
31 安田 晃大
 1989/8/8 165cm60kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪


携帯もサポーターグッズに!!Jリーグ加盟チームサッカーエンブレム金蒔絵シールガンバ大阪 10...

【FW】
9 ルーカス
 1979/1/3 183cm75kg
 ボタフォゴ→Aパラナエンセ→レンヌ→クルゼイロ→コリンチャンス→レンヌ→04FC東京→08ガンバ大阪
11 播戸 竜二
 1979/8/2 171cm65kg
 琴丘高→ガンバ大阪→コンサドーレ札幌→ヴィッセル神戸→ガンバ大阪
14 平井 将生
 1987/12/4 179cm67kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
18 バレー(ジャデル・ヴォルネイ・スピンドラー)
 1982/1/18 190cm77kg
 デフェンソール→大宮アルディージャ→ベイレ→ボタフォゴSP→モンテビデオワンダラーズ→大宮アルディージャ→ヴァンフォーレ甲府→07ガンバ大阪
 ※シーズン途中で、アルアハリ(UAE)へ移籍。
18 ロニー
 1977/4/28 173cm70kg
 ビラ・ノバ→サンパウロ→フルミネンセ→アルヒラル→ルビン・カザン→フラメンゴ→クルゼイロ→08横浜Fマリノス−08G大阪
24 星原 健太
 1988/5/1 173cm66kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
25 岡本 英也
 1987/5/18 183cm67kg
 ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪
30 山崎 雅人
 1981/12/4 174cm68kg
 久御山高→国士舘大→04横浜Fマリノス→05大分トリニータ→08ガンバ大阪



【2種登録選手】
位置 名前 生年月日 身長 体重 前所属
宇佐美 貴史 MF
 1992/5/6 178cm68kg
 ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース
大塚 翔平 FW
 1990/4/11 179cm69kg
 ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース
岡崎 建哉 MF
 1990/5/31生 175cm60kg
 福山FCジュニアユース→ガンバ大阪ユース
菅沼 駿哉 DF
 1990/5/17 182cm80kg
 ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース
田中 裕人 MF
 1990/4/26生 177cm71kg
 ガンバ大阪ジュニアユース→ガンバ大阪ユース

 


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2008年12月13日

山口智〜The Magical Player 5【クラブW杯に出場するガンバ戦士たち】

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◆無念の五輪代表落ち
 山口智は、ジェフユナイテッド市原ユース出身。17歳の時にJリーグ初出場を果たしたが、これは当時の最年少記録だった。高校生時代から注目を浴びていた山口は、最強世代の一員としてオリンピック代表にも選ばれる。しかし、予選ではガンバ大阪・宮本恒靖(当時)のバックアッパーとして、ベンチ入りをしていたが、本大会は清水エスパルス・森岡隆三(当時)がオーバーエイジで選ばれたため、京都サンガ・遠藤保仁(当時)らとともに、ベンチ入りすら許されない予備登録選手として、悔しい大会生活を過ごした。



◆ガンバ大阪への移籍
 ジェフユナイテッド市原は、2000年シーズンまでは主力の移籍を許していなかったが、モチベーションの低い選手よりチームのために戦う選手を中心とするという方針に変更したことにより、多くの主力選手が移籍を選んだ。山口智は、イングランド移籍が濃厚となった宮本恒靖の後継者として、白羽の矢が立ち、ガンバ大阪にレンタル移籍した。2001年シーズンの開幕・福岡戦では、スタメン出場を果たしたが、コンビを組む木場との連携がいまいちだったこともあり、低調な内容に終わった。このシーズンは、宮本恒靖の移籍話が消滅したこともあり、センターバックではなかなか出場する機会がなかったが、ヘディングの強さとロングフィードの正確さを買われて、稲本潤一移籍後はボランチでの出場が多くなった。(元々、デビュー当時はボランチ)ガンバ大阪での最初のシーズンは、指揮官の早野宏史が辞任(ほぼ解任)するなど、ドタバタのシーズンだったために目立った活躍はできなかったが、空中戦の強さと足元の技術の正確さという武器は際立っていたため、翌年の2002年シーズンには、ガンバ大阪へ完全移籍を果たした。



◆ユーティリティプレーヤー
 西野朗が監督に就任した2002年以降は、3バックへと移行したことに伴い、左センターバックのレギュラーとして、完全に定着した。西野が率いるガンバ大阪は、早野時代から一転して高いラインを保った攻撃サッカーを展開していたことや、指揮官の西野朗自身がカバーリングを得意とする選手が好きだったこともあり、山口の能力は見事にはまった。また、練習試合で突如4バックにシフトした時には左サイドバック、ボランチなどをこなし、守備的なポジションならどこでもこなせるユーティリティプレーヤーとして、ガンバ大阪に欠かせない存在となる。



◆キャプテン
 そんな山口が最も輝きを見せるのは、2007年シーズン以降である。そのきっかけの1つは、チームの精神的支柱だった宮本恒靖のザルツブルク移籍だった。それまでは、宮本恒靖の補佐役としてチームを支えてきたが、宮本恒靖がいなくなったことで、名実ともにチームを引っ張る存在となった。それまでは、どちらかというと闘志を表に出すほうではなかったが、今では守備をさぼる選手(家長昭博、ミネイロなど)に対してきちんとしかるなど、まさに闘将と呼ぶにふさわしい選手となった。



◆バレーの加入
 キャプテン就任以上に大きかったのが、バレーのガンバ大阪移籍だった。それまでのガンバ大阪は、どちらかというと遅攻をベースに、ショートパスとドリブルを使って相手DFを崩す攻撃が中心だったが、縦への突進を得意とするバレーのスタイルが浸透するにつれ、山口智のロングフィードが効果を発揮するようになった。



◆親友・遠藤とのホットライン
 さらに、オリンピック代表時代からの親友の遠藤とのホットラインにも磨きがかかり、点であわせるポジショニングの巧みさから、セットプレーで貴重な得点を量産した。2007年ナビスコカップのアウェー浦和戦(この時は遠藤不在で二川がキッカー)、2008年ACLのアウェー浦和戦では、宿敵を奈落の底に落とす同点ゴールを決め、事実上の決勝戦をモノにする大きな一因となった。この活躍などが認められ、オシム時代には代表選出の非公式なオファーが届くなど、いまや日本を代表するDFの1人である。



◆NEXT山口という課題
 今のガンバ大阪にとって、山口智は絶対不可欠な存在である。例えば、2007年のホームFC東京戦では、出場停止の山口智の変わりに中澤聡太が入ったが、いきなり2点のビハインドを背負うなど、その存在なしでは、ガンバ大阪のディフェンスを語ることはできない。また、年齢を重ねたこともあり、連戦が続くとパフォーマンスが落ちることもあるが、その時のガンバ大阪DFは決まって低調で、NEXT山口の育成はガンバ大阪の課題となっている。



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2008年12月10日

播戸竜二〜The Magical Player 4【クラブW杯に出場するガンバ戦士たち】

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◆ハングリー精神
 1998年に兵庫県・琴丘高校から練習生として、ガンバ大阪に入団した。高校当時の播戸を知る者によれば、「琴丘にはもっとうまい奴がいて、播戸はそれほどでもない。」という評価だった。実際にスピードはあるが、テクニックという点では特筆すべきものがなかったが、播戸には他人よりも優れていることが1つあった。

 それは、ハングリー精神である。

 入団当初のガンバ大阪は、シーズン途中でコンシリアからフランス人のアントネッティに監督バトンを渡すという前代未聞のチーム作りを行っていた。(前年に大躍進し降格の可能性が低かったことや、1997年オフにクゼ監督をクロアチア代表に強奪されたという事情もあったが・・・)新たに就任したアントネッティは、同じフランス人のトルシエ以上の熱血漢で、ことあるごとにガンバの若手のハングリー精神のなさを嘆いていた。「ガンバの選手はサッカーで成功もしていないのに、高級車を乗り回している。私の感覚では考えられない。」という有名なセリフを残しているが、ガンバの中で際立ってハングリー精神が旺盛だった播戸は1年目から出場機会を与えられた。



◆ワールドユースでの活躍
 指揮官にも恵まれた播戸は、黄金世代の一員として1999年のワールドユース本大会メンバーにも選ばれた。鳴り物入りでJリーグ入りした小野、本山、中田浩二らのスターに混じり、播戸もその能力を発揮した。特に、0−4の大敗を喫した決勝のスペイン戦では、何度も相手DFラインの裏をとり、「出場停止だった小野がいれば・・・」と思わせる場面を、何度も演出した。



◆スーパーサブ
 順風満帆だったワールドユースとは対照的に、帰国後のガンバ大阪では、監督が早野宏史に代わったということもあり、松波と共にベンチで出番を待つ機会が多くなった。タイルソン、ルイジーニョの冴えない外国人アタッカーの攻撃は頼りなく、スーパーサブの松波と播戸が入ってから、2人のコンビネーションでチームの攻撃が活性化し、試合が動くケースも多くあった。そして、この年のシーズンオフに、ガンバ大阪はセレッソ大阪入りが濃厚だった吉原宏太を強奪し、入れ替わるような形で、播戸は新天地のコンサドーレ札幌にレンタル移籍することを決意する。

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◆新天地
 新天地のコンサドーレ札幌で、播戸は飛躍の時を迎える。岡田武史監督の下、エメルソンと播戸を中心とした堅守速攻のカウンター戦術で、Jリーグを席巻した。播戸は、2000年、2001年シーズンと、2年連続でレギュラーとして活躍した。ちなみに、2001年シーズンは、大黒将志と共にプレーしている。
 ところが、コンサドーレ札幌は裕福なクラブではなく、完全移籍のための移籍金を払えるようなクラブではなかったため、2002年シーズンからは同じ関西のヴィッセル神戸にレンタル移籍する。当時のヴィッセル神戸は、1998年W杯フランス大会の日本代表メンバーをかき集めた客寄せパンダの集団であったが、伸び盛りだった播戸は、ガンバ大阪とヴィッセル神戸で活躍した永島昭浩の背負っていた背番号13を引き継ぎ、エースとして君臨した。2003年シーズンには、ヴィッセル神戸に完全移籍を果たし、2004年シーズンには、ガンバ大阪・大黒将志、セレッソ大阪・大久保嘉人と共に、日本人得点王を争った。(最終的には、大黒将志が20点、播戸竜二が17点、大久保嘉人が16点)だが、2005年シーズンは怪我の影響もあり、満足な活躍ができずに、ヴィッセル神戸も降格。大幅減俸に怒りを表した播戸は、2005年オフに大黒将志、アラウージョを失ったガンバ大阪からのオファーに応じ、再び古巣でプレーすることとなった。(この時の経緯から、ヴィッセル神戸戦では、今でも大きなブーイングを受けることとなった。)



◆古巣での蘇生
 前年度の怪我や成績から、「今のガンバは昔の弱かったガンバと違う。ディフェンディングチャンピオンチームのストライカーとして、活躍できるのか?」という懐疑的な意見もチラホラ聞こえてきた。実際に開幕直後は、マグノアウベスとフェルナンジーニョの2トップにスタメンを譲ったが、ガンバの戦術にフィットしてきたことや、フェルナンジーニョが西野朗の信頼を失ったこともあり、最終的には2トップの一角として君臨し、16ゴールを挙げて完全復活を果たした。翌年の2007年シーズンは、バレー、マグノアウベスに押し出される形で、ベンチを温めることも多かったが、ナビスコカップの浦和戦や、リーグ終盤の柏戦で貴重なゴールを挙げるなど存在感を示し、ガンバ大阪としては異例の「控え選手の年俸アップ」を勝ち取った。また、オシム時代の2007年アジアカップメンバーに選ばれ(本番は、怪我で辞退)、2008年W杯アジア予選でも真冬に半そでで登場し、虎視眈々と代表定着を狙っていた。

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◆戻らないゴールの感覚
 ただ、2008年2月の日本代表参加が、播戸のサッカー人生を狂わせることとなる。播戸不在のガンバ大阪が、パンパシフィック選手権で圧勝したこともあり、ガンバに帰るとバレー、ルーカス、山崎に次ぐ4番手のポジションだった。ホームの清水戦、アウェーの全南戦でゴールを挙げることで、レギュラー定着も視野に入った矢先、足首が悲鳴を上げた。さらに、肝機能障害を患い、長期離脱を余儀なくされた。前年の反省から、怪我をしない体作りを目標にオフにハードトレーニングを敢行したが、2007年は年末まで試合を行っていたためにオフが短かったことや、2月の寒い時期に代表でハードな試合をこなしていたことが裏目に出たのではないだろうか。
 復帰後のプレーも芳しくなく、11月のFC東京戦では、相手GK塩田に「播戸さんが、ファーストトラップに苦労していたので」というコメントでもわかるように、完全にシュートを見切られ、戦犯として非難の集中砲火を浴びた。ただ、ゴールこそないものの、それ以外の動きは完全に戻っており、最終節の新潟戦ではアシストを記録した。今のガンバで彼を推す声は少ないと思うが、ガンバでは播戸以外にストライカーらしいストライカーは見当たらず、クラブW杯と天皇杯を戦う上では欠かせない1人だと思っているので、クラブW杯の初戦でゴールを奪って、勢いに乗ってもらいたいところである。

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2008年12月09日

二川孝広〜The Magical Player 3【クラブW杯に出場するガンバ戦士たち】

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◆ストイコビッチ絶賛
 二川は、高槻FCからガンバ大阪ユースに入団後、めきめきと頭角を現す。ユース時代はボランチを務め、その展開力は際立っていた。当時のトップチームに、日本人パサーが見あたらなったこともあり、当時からサポーターの期待は大きかった。1999年に就任した早野宏史も、その能力に着目し、徐々に試合出場が増え続けていく。そんな折、二川と対戦した名古屋グランパスエイトのストイコビッチ(当時は現役)が絶賛したこともあり、ガンバだけでなくJリーグにもその名前は広まっていった。当時の二川は、テクニックに優れるもののドリブルが弱いところが弱点と言われていたが、オフシーズンに黙々と練習し、翌シーズンには1対1でドリブル突破する技術を身につける。1996年のアジアカップで、左足のクロスの精度が低いと非難された相馬(利き足は右)が、翌年には見事に左足からのクロスの精度を上げて、日本代表で不動の地位を築いたが、二川もガンバ大阪の主力として定着しつつあった。



◆強力ライバルの出現
 順風満帆に見えた二川のサッカー人生だったが、2002年シーズン開幕前に、突如として大きなライバルが加入する。ブラジルで天使の右足と称され、ブラジル代表でも活躍していた天才ファンタジスタ・マルセリーニョ・カリオカの加入によって、二川はベンチに追いやられてしまう。ガンバ大阪の強化サイドの話では、「二川に刺激を与える」という意味合いもあったようだが、マルセリーニョの存在感は大きく、宮本目当てのミーハーサポーターでさえも、思わず感嘆の声を上げるプレーの数々で、完全にガンバの中盤を掌握する。6月に行われた美作キャンプでは、マルセリーニョとの連携を深めることが主眼となるなど、まさにマルセリーニョのチームとなりつつあった。
 ところが、ここで思わぬ幸運が舞い降りる。マルセリーニョのサイドチェンジはあまりにも鋭いために、技術力の劣る選手ではそのテンポについていくことが難しかったが、ガンバユース出身の新井場、橋本、二川あたりはこのテンポについていくができた。マルセリーニョのプレーにあわせるうちに、二川のパサーとしての能力にも磨きがかかった。さらに、途中からマルセリーニョが怪我がちであったこともあって、二川がガンバ大阪の中盤を掌握するようになった。オフには、アラブからの高額オファーでマルセリーニョがあったこともあり、二川には指揮官の西野から強引に背番号10を託され、名実共にガンバの中心選手となった。



◆ガンバの中心で・・・
 指揮官の西野は、毎シーズンいろいろな戦術を試すことが好きだったこともあり、トップ下だけでなく、左ウイングバック、試合によってはサイドバックまでやらされることがあったが、二川は慣れないポジションでもこなしていた。同じ時期に、マルセリーニョの移籍で大きな展開がなくなり、持ち味を消される形となった新井場は、ベンチを温める機会が多くなったが、二川はその新井場に代わり、左ウイングバックでレギュラーを獲得した。(トルシエの小野、中村のような起用法)
 そして、2003年シーズンから、吉原に代わりレギュラーを奪った大黒と、強力なホットラインを築くことに成功する。大黒は、2004年シーズンに、セレッソ大阪・大久保、ヴィッセル神戸・播戸らと、激しい日本人得点王の座を争ったが、この影には天才パサー二川の存在があった。そもそも、吉原がレギュラーを失った原因も、ガンバの中心選手である二川との相性という面も大きかった。そして、2005年シーズンには、アラウージョ、遠藤、大黒、フェルナンジーニョらと織り成す華麗なパスサッカーで、ガンバの初優勝に貢献した。



◆怪我の多い小さな巨人
 ただ、二川は168cmの小さな体にも関わらず、相手との競り合いでは体をぶつけてキープするファイターでもある。ただ上手いだけではなく、こういったメンタル面も含めて、西野監督の信頼は厚いが、このプレースタイルが仇となって、毎年のようにシーズン終盤になると怪我に悩まされるようになる。2007年シーズンからは、4−4−2のオフェンシブハーフとして、プレスもパスもできる二川、遠藤のコンビが、攻守に渡って相手の脅威となっていくが、遠藤もさることながら、二川が欠場すると攻守に機能しなくなる場面が増え、これがガンバ大阪のアキレス腱となっている。現在も、クラブW杯に向けて、懸命のリハビリを続けているが、ガンバ大阪がマンチェスター・ユナイテッドと、普通の試合が出来るか否かは、二川が命運を握っているといっても過言ではない。



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2008年12月03日

橋本英郎〜The Magical Player 2【クラブW杯に出場するガンバ戦士たち】

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◆ユーティリティ
 日本代表の岡田武史と同じ天王寺高校出身で、幼少から文部両道と言われていた橋本だが、以外にも1998年にガンバ大阪に入団した時は、練習生の契約だった。同じガンバ大阪ユース出身で、最初からトップチームの試合に出場していた稲本潤一や新井場徹とは対照的に、サテライト暮らしが続いたが、早野体制に代わると、徐々に試合出場が増えてきた。その後、2002年の西野体制下では、就任当初に練習で遅刻しメンバーから外されたことはあったものの、ボランチでありながら右ウイングバックもこなせるユーティリティプレーヤーとして、チームに欠かせない存在となっていった。

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◆転機
 そんな橋本にとって、転機となったのは2003年シーズン。開幕前に1999年のトヨタカップ優勝チームであるパルメイラスのチームリーダーとして、鳴り物入りで入団したガレアーノだったが、ガツガツと潰しにいく守備のスタイルが、カバーリングを重視する西野の戦術とあわず、プレシーズンの段階で早くも構想外となった。このため、急遽、橋本と遠藤のダブルボランチに変更したが、この布陣は急造だったこともあり、2人の息がなかなかあわないことが度々あった。このため、当初はこのダブルボランチに懐疑的な見方もされたが、ここでユーティリティプレイヤー橋本のもう1つの才能であるキャプテンシーが目を覚まし、徐々にチームの心臓として絶妙な舵取りを見せるようになる。
 静かなイメージのあった橋本であったが、波に乗れないチームの中にありながら、試合では常に大声で味方を動かし、チームを引っ張っていた。最初は機能しなかったダブルボランチも、遠藤との攻守における役割分担を明確にしたことで、翌シーズンの2004年からは見事な連携を見せるようになった。優勝した2005年シーズンは、両ウイングバックが攻撃に参加する「6人でせめて、4人で守る」偏ったサッカーの中で、両サイドのカバーリングに奔走し、西野監督から影のMVPと呼ばれた。この年は、シーズンで最も活躍したガンバ大阪の選手に贈られる日刊スポーツの黄金の脚賞を受賞している。


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◆試練
 2006年シーズンには、降格した柏レイソルから明神智和が加入したが、シーズン途中まではレギュラーとして君臨したが、遠藤がウイルス性肝炎の病で欠場を余儀なくされると、橋本と明神の展開力の乏しさが浮き彫りとなった。中山やマグノアウベスらFWがここ一番の決定機で外しまくったことも重なって、ガンバ大阪は後半戦で大失速してしまう。優勝争いは最終節までもつれたものの、最後は浦和レッズとの直接対決に破れ、当時リーグ2位までにチャンスのあったACL出場権をも失ってしまった。そして、遠藤の復帰に伴い、夏前の故障で精彩を欠いていた橋本は、ベンチで天皇杯を見守ることになる。結局、この天皇杯も、60%を超えるボール支配率を保ちながら、浦和との決勝戦を落とし、まさかの無冠に終わってしまう。

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◆再出発
 2007年シーズンは、フラット3の申し子・宮本恒靖がオーストリア・ザルツブルクへ移籍し、西野は念願だった4バックの導入を決意する。この煽りを受けて、ポジションを失いかけた橋本だったが、新たに左サイドバックへコンバートされ、生き残りを図った。左サイドでの1対1で簡単に抜かれるというマイナス面もあったが、初めての左サイドでありながら柔軟に対応し、ユーティリティプレイヤーとしての幅を広げた。開幕前に、攻撃的MFだった安田理大が左サイドバックとして頭角を現したが、試合の前半はボランチ、安田が退いて家長が投入されたからは左サイドバックという形で、西野の信頼を完全に勝ち取った。また、「遠藤不在時に、攻撃力が落ちる」という前年からの課題に対しても、積極的なゴール前への飛び出しや、味方を追い越す動きで孤軍奮闘し、チームを活性化させた。この活躍が当時の日本代表・オシム監督の目に留まり、キリンカップ、アジアカップで日本代表としてデビューする。

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◆知性のダイナモ
 橋本は知性のダイナモとして紹介されることが多いが、これはどのポジションにおいても、知性を見せることからもよくわかる。ボランチとしては前述した通り、豊富な運動量とポジショニングで攻撃を活性化しているが、2008年シーズンに加地不在時の右サイドバックでは、ゴール前の味方FWがフリーでボールを貰えるように、クロスの角度をずらすなど、相手に引かれると途端に単調になりがちなガンバの攻撃にアクセントを加えている。戦術やクラブの環境に対する冷静な意見から、宮本恒靖と並んで、将来のガンバ大阪幹部候補生として、サポーターの期待度も高い。
 ちなみに、練習場でサインを求められた時には、丁寧にサインに応じた上で、サポーターと握手を交わし、深々とお辞儀をするプレイヤーとしても有名である。

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2008年11月21日

松代直樹〜The Magical Player 1【クラブW杯に出場するガンバ戦士たち】

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◆別名「緊急出場の守護神」
 「万博の守護神は、今日も健在!」
 ホーム万博のエントリーメンバー紹介時にこう紹介される彼だが、「緊急出場の守護神」という別名を持つ。(←勝手に名づけましたw)

 ガンバ大阪がエムボマ旋風で2位に躍進した翌年、天理大から加入。当時、イケメンGKとして君臨していた本並がベルディ川崎に移籍し、新イケメンGKとして期待されたが、2年間はトップ出場なしに終わる。

 ところが、2000年シーズンの開幕戦、正GKの岡中勇人、第2GKの都築龍太の故障離脱で、突如出番が回ってくる。デビュー戦は悔しい逆転負けを喫したものの、同じシーズンのジェフ市原戦では、同じような状況で大車輪の活躍。サッカーダイジェスト誌上で、最高点の7.5点を記録した。いつくるかわからない出番に備え、常に準備を怠らないメンタルの強さは、この頃から持ち合わせていた。




◆都築との絶縁状態で勝ち取ったレギュラー
 そんな松代の転機となったのは、2002年シーズン。ファーストステージのアウェー磐田戦で、衝撃的な逆転を喫した次の試合で、指揮官・西野朗はGKの交代を決意する。

 この交代に納得のいかない都築は、その後の練習も途中で切り上げるなど、悪態をついていた。このような状況の中で、レギュラーを獲得した松代と都築は絶縁状態で、浦和に移籍する翌年まで口をきかないという犬猿の仲に。1つのポジションしかないGKのレギュラー争いにはつきものの光景であり、日本代表でも、川口能活と楢崎正剛は全く会話しないといわれたが、当時GKコーチだったロビンソンも、この状況に心を痛めていた。

 ただ、翌年、浦和に移籍した都築と松代は、ピッチ上で再会した時に握手をし、ロビンソンを感激させた。



◆ベンチのキャプテンシー
 2003年、2004年とほぼ2年間、レギュラーGKとして君臨した松代だが、キックの不正確さと時折見せるボーンヘッドで、徐々に西野朗の信頼を失っていく。

 特に2004年セカンドステージのアウェー浦和戦では、優勝するために負けられない1戦だったが、松代のキャッチングミスで手痛い一敗を喫し、これが仇となってガンバは浦和に優勝を譲ってしまう。

 翌年の2005年には藤ヶ谷が加入し、それ以降、年々出場機会は減少している。2005年のオフには、ヴァンフォーレ甲府への移籍話が浮上したが、ガンバに残留。

 最近はベンチを暖めることが多くなったが、練習中に遅刻した若手を厳しく叱責するなど、いい意味でも悪い意味でも軽いガンバの雰囲気を引き締めるキャプテンシーを発揮している。




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