2008年12月03日

橋本英郎〜The Magical Player 2【クラブW杯に出場するガンバ戦士たち】

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◆ユーティリティ
 日本代表の岡田武史と同じ天王寺高校出身で、幼少から文部両道と言われていた橋本だが、以外にも1998年にガンバ大阪に入団した時は、練習生の契約だった。同じガンバ大阪ユース出身で、最初からトップチームの試合に出場していた稲本潤一や新井場徹とは対照的に、サテライト暮らしが続いたが、早野体制に代わると、徐々に試合出場が増えてきた。その後、2002年の西野体制下では、就任当初に練習で遅刻しメンバーから外されたことはあったものの、ボランチでありながら右ウイングバックもこなせるユーティリティプレーヤーとして、チームに欠かせない存在となっていった。

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◆転機
 そんな橋本にとって、転機となったのは2003年シーズン。開幕前に1999年のトヨタカップ優勝チームであるパルメイラスのチームリーダーとして、鳴り物入りで入団したガレアーノだったが、ガツガツと潰しにいく守備のスタイルが、カバーリングを重視する西野の戦術とあわず、プレシーズンの段階で早くも構想外となった。このため、急遽、橋本と遠藤のダブルボランチに変更したが、この布陣は急造だったこともあり、2人の息がなかなかあわないことが度々あった。このため、当初はこのダブルボランチに懐疑的な見方もされたが、ここでユーティリティプレイヤー橋本のもう1つの才能であるキャプテンシーが目を覚まし、徐々にチームの心臓として絶妙な舵取りを見せるようになる。
 静かなイメージのあった橋本であったが、波に乗れないチームの中にありながら、試合では常に大声で味方を動かし、チームを引っ張っていた。最初は機能しなかったダブルボランチも、遠藤との攻守における役割分担を明確にしたことで、翌シーズンの2004年からは見事な連携を見せるようになった。優勝した2005年シーズンは、両ウイングバックが攻撃に参加する「6人でせめて、4人で守る」偏ったサッカーの中で、両サイドのカバーリングに奔走し、西野監督から影のMVPと呼ばれた。この年は、シーズンで最も活躍したガンバ大阪の選手に贈られる日刊スポーツの黄金の脚賞を受賞している。


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◆試練
 2006年シーズンには、降格した柏レイソルから明神智和が加入したが、シーズン途中まではレギュラーとして君臨したが、遠藤がウイルス性肝炎の病で欠場を余儀なくされると、橋本と明神の展開力の乏しさが浮き彫りとなった。中山やマグノアウベスらFWがここ一番の決定機で外しまくったことも重なって、ガンバ大阪は後半戦で大失速してしまう。優勝争いは最終節までもつれたものの、最後は浦和レッズとの直接対決に破れ、当時リーグ2位までにチャンスのあったACL出場権をも失ってしまった。そして、遠藤の復帰に伴い、夏前の故障で精彩を欠いていた橋本は、ベンチで天皇杯を見守ることになる。結局、この天皇杯も、60%を超えるボール支配率を保ちながら、浦和との決勝戦を落とし、まさかの無冠に終わってしまう。

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◆再出発
 2007年シーズンは、フラット3の申し子・宮本恒靖がオーストリア・ザルツブルクへ移籍し、西野は念願だった4バックの導入を決意する。この煽りを受けて、ポジションを失いかけた橋本だったが、新たに左サイドバックへコンバートされ、生き残りを図った。左サイドでの1対1で簡単に抜かれるというマイナス面もあったが、初めての左サイドでありながら柔軟に対応し、ユーティリティプレイヤーとしての幅を広げた。開幕前に、攻撃的MFだった安田理大が左サイドバックとして頭角を現したが、試合の前半はボランチ、安田が退いて家長が投入されたからは左サイドバックという形で、西野の信頼を完全に勝ち取った。また、「遠藤不在時に、攻撃力が落ちる」という前年からの課題に対しても、積極的なゴール前への飛び出しや、味方を追い越す動きで孤軍奮闘し、チームを活性化させた。この活躍が当時の日本代表・オシム監督の目に留まり、キリンカップ、アジアカップで日本代表としてデビューする。

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◆知性のダイナモ
 橋本は知性のダイナモとして紹介されることが多いが、これはどのポジションにおいても、知性を見せることからもよくわかる。ボランチとしては前述した通り、豊富な運動量とポジショニングで攻撃を活性化しているが、2008年シーズンに加地不在時の右サイドバックでは、ゴール前の味方FWがフリーでボールを貰えるように、クロスの角度をずらすなど、相手に引かれると途端に単調になりがちなガンバの攻撃にアクセントを加えている。戦術やクラブの環境に対する冷静な意見から、宮本恒靖と並んで、将来のガンバ大阪幹部候補生として、サポーターの期待度も高い。
 ちなみに、練習場でサインを求められた時には、丁寧にサインに応じた上で、サポーターと握手を交わし、深々とお辞儀をするプレイヤーとしても有名である。

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posted by マルセリーニョ・カリオカ at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | ガンバ大阪選手名鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
2006シーズンって、別にリーグ2位までACL出場権あるって話ではないよね?
あれは2006/1/1の天皇杯決勝で浦和が優勝し、2006のリーグで浦和が優勝したからでしょ。

それをあたかもリーグ2位までACL出れるとか書かないで。
Posted by BB at 2008年11月26日 14:59
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