2008年11月21日

松代直樹〜The Magical Player 1【クラブW杯に出場するガンバ戦士たち】

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◆別名「緊急出場の守護神」
 「万博の守護神は、今日も健在!」
 ホーム万博のエントリーメンバー紹介時にこう紹介される彼だが、「緊急出場の守護神」という別名を持つ。(←勝手に名づけましたw)

 ガンバ大阪がエムボマ旋風で2位に躍進した翌年、天理大から加入。当時、イケメンGKとして君臨していた本並がベルディ川崎に移籍し、新イケメンGKとして期待されたが、2年間はトップ出場なしに終わる。

 ところが、2000年シーズンの開幕戦、正GKの岡中勇人、第2GKの都築龍太の故障離脱で、突如出番が回ってくる。デビュー戦は悔しい逆転負けを喫したものの、同じシーズンのジェフ市原戦では、同じような状況で大車輪の活躍。サッカーダイジェスト誌上で、最高点の7.5点を記録した。いつくるかわからない出番に備え、常に準備を怠らないメンタルの強さは、この頃から持ち合わせていた。




◆都築との絶縁状態で勝ち取ったレギュラー
 そんな松代の転機となったのは、2002年シーズン。ファーストステージのアウェー磐田戦で、衝撃的な逆転を喫した次の試合で、指揮官・西野朗はGKの交代を決意する。

 この交代に納得のいかない都築は、その後の練習も途中で切り上げるなど、悪態をついていた。このような状況の中で、レギュラーを獲得した松代と都築は絶縁状態で、浦和に移籍する翌年まで口をきかないという犬猿の仲に。1つのポジションしかないGKのレギュラー争いにはつきものの光景であり、日本代表でも、川口能活と楢崎正剛は全く会話しないといわれたが、当時GKコーチだったロビンソンも、この状況に心を痛めていた。

 ただ、翌年、浦和に移籍した都築と松代は、ピッチ上で再会した時に握手をし、ロビンソンを感激させた。



◆ベンチのキャプテンシー
 2003年、2004年とほぼ2年間、レギュラーGKとして君臨した松代だが、キックの不正確さと時折見せるボーンヘッドで、徐々に西野朗の信頼を失っていく。

 特に2004年セカンドステージのアウェー浦和戦では、優勝するために負けられない1戦だったが、松代のキャッチングミスで手痛い一敗を喫し、これが仇となってガンバは浦和に優勝を譲ってしまう。

 翌年の2005年には藤ヶ谷が加入し、それ以降、年々出場機会は減少している。2005年のオフには、ヴァンフォーレ甲府への移籍話が浮上したが、ガンバに残留。

 最近はベンチを暖めることが多くなったが、練習中に遅刻した若手を厳しく叱責するなど、いい意味でも悪い意味でも軽いガンバの雰囲気を引き締めるキャプテンシーを発揮している。




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posted by マルセリーニョ・カリオカ at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ガンバ大阪選手名鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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